天知さん

市内の某氏から、亡くなった祖父の保管していた写真を調べて欲しいとの依頼がありました。
旧制の福中野球部で活躍した方の遺品だったそうです。

結論から言うと、明治大学野球部の集合写真です。
おそらくはアメリカ遠征の出発に時に写したモノと思われます。

時代背景は、大正末期から昭和初期。
写真の後列向かって左から3人目が天知俊一氏です。
明治大学の知将として知られた人物です。
大正15年と昭和2年には福中のコーチもしています。
昭和2年、福中野球部が甲子園初出場を果たし「伝説の敬遠満塁策」を成し遂げたのも、天知氏の助言によるモノでした。
この大会ではベンチコーチとしてベンチ入りしています。
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さらに調査を進めたいと思います。

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天台寺の賑わい

謎の古刹天台寺。
瀬戸内寂聴尼でにぎ待っています。
寺社として天台寺を見ると、なかなか興味深いですよ。
仏像も素晴らしいですし、宗教的儀式も謎です。
じっくり天台寺を語りましょう。

天台寺

https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005


10年前の風景

10年前の何気ない風景。
今ではすこしだけですが変化があります。
10年後はどんな風景なんでしょう。
記録に残しておくとしましょう。

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https://blogs.yahoo.co.jp/michinokumeet


今東光大僧正

昭和45年頃の天台寺は荒れ放題でした。
草はボウボウと生い茂り、寺院内は酒瓶が転がってました。

それが劇的に変わったのが今東光大僧正の住職就任だったような気がします。
昭和51年1月、今東光大僧正が中尊寺と兼務ながら天台寺の住職に就任することが決定します。

古代に安倍頼時の娘を娶った藤原経清。
そんな歴史的結びつきを彷彿させます。
安倍頼時の故地を二戸地方の「安比」地区とする説もあり、そうすると中尊寺と天台寺との歴史的繋がりも理解しやすくなります。

4月9日に晋山式が行われ、私も中学生でしたがなぜかその場を目撃する場に居りました。
今東光大僧正が浄法寺にやってきたのはこれが最後になったのが残念です。
昭和52年9月29日死去。
他界する寸前まで天台寺復興に心を痛めていたようです。

きよ未亡人からまもなく1千万円の寄付が寄せられます。
「天台寺の復興に役立ててください。今東光の遺志です。」
昔話で終わらせないようにしたいものです。

kontoukou

http://www.airinjuku.com/index.html



謎の刃物

浄法寺周辺で見つけた謎の刃物。
保管していた方も、その使い方がわからないとのこと。
藁細工の道具ではと言った方もあります。
漆芸に使われた物かもしれません。
どなたかわかりませんか?

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