羊羹

高杉の羊羹が好きでした。
廃業は残念ですね。
辞めてから何年ですかね。
奇跡的に画像が残ってました。
復活して欲しいものです。

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ソバ屋で憩う

杉浦日向子さん名著。
20年くらい前に、蕎麦関連で古式浄法寺椀を使っていただいたことがあります。
浄法寺にも興味を乗ってくれてましたので、元気であれば浄法寺にも来てくれたことでしょう。
江戸文化も彼女の著書で興味を持ちました。
お元気であれば、今でも大活躍していたことでしょう。
いつか、日向子さんを語りましょう。

sobaikou

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萬卒に功なく一将枯る

春の選抜高校野球の季節。
昭和3年の事を考えています
昭和2年夏の東北大会を制したのは、岩手の北僻にある福岡中学。
全校生徒200人の小さな中学校。
しかし、ベスト8に進
出して球聖と言われた飛田穂州を驚かせました。
この大会で優勝した高松商業に延長11回で0-1で惜敗。
圧巻だったのは、高松商業9回裏の攻撃。
1死二塁で福岡バッテリーの選択は敬遠満塁策。
二人を歩かせ1死萬塁。
次打者の2球目を外角高めに外し、三塁走者の水原茂を挟殺。
打者を三振に打ち取りピンチを凌いだのであった。
試合には敗れたが、飛田穂州は最大限の賛辞を送り健闘を称えた。
この活躍が認められて、昭和3年の春に選抜された。
予算不足で選抜を辞退したが、後世に伝えたい快挙であった。



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こぶくら木地

浄法寺地方で濁酒を飲むときに使う器を「こぶくら」と言います。
古い「こぶくら」を参考に新しく木地を挽いていただきました。
会津の木地屋さんからです。
酒器だけではなく、向付としても使えそうですね。
どんな色で塗ればよいのか迷います。

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錦木

現在、岩手県出身の幕内力士は九代目の錦木だけです。
なので応援しています。
春場所は頑張ってほしいものです。
四股名の錦木は、江戸時代の相撲絵にも出てくる由緒ある名前ですね。
宝暦年間に大関に、最終的には四股名を二所ノ関として活躍します。
二代目の錦木は小結、三代目は関脇、四代目は小結、五代目が前頭です。
六代~八代目はあまり活躍できなかったようですが、九代目には頑張ってほしいものです。

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敬遠満塁策

その時スタンドはざわめいた。

9回裏高松商業の攻撃、一死二塁のピンチを招くと福岡中学の村田栄三捕手は「戸来、あれやるべ!。天知さんから聞いたのよ」と戸来投手に伝えると、「わがった~~」とうなずく戸来投手と内野手。

初球を外角低めにストライク。続く2球目を高めにはずす。
運命の3球目。スクイズを見破り高めにはずし、三塁走者水原茂を挟殺。
次打者を三振に仕留め、日本野球公式戦で初めての敬遠満塁策が成功します。

ところでこの試合、延長10回福中の攻撃。戸来投手がこの試合福中の初ヒットを放ちます。
絶妙の送りバントで二塁進塁。
ここでベンチコーチとして福中の指揮を執っていた天知俊一は戸来に盗塁のサイン。
非凡な野球センスをもった戸来は絶妙のスタートも切り、タイミングは完全にセーフ。
その瞬間に天知は「勝った!!」と叫んだそうです。

天知にすれば次打者のスクイズで1点を奪い、その裏を抑えれきれるという自信があったのでしょう。
ところが打者の鈴木銀之助は三塁へのフライを打ち上げてしまいます。
結果はダブルプレイ。このことで鈴木選手はかなりの非難を浴びたようです。
 
「結果を責めても何も変わらない」という教訓を得た鈴木は指導者として開花します。
昭和6年、昭和15年、昭和22年の福中甲子園出場は鈴木の指導に負うところが大きいと伝わります。

「練習は厳しく、試合は気楽に」のポリシーを貫きます。
練習で手を抜くと烈火のごとく怒ったそうですが、試合では神様のごとく選手をリラックスさせることに徹し、決して選手の失敗を責めなかったそうです。

鈴木は福中卒業後に明治大学に進み主将を務めます。
明治大学卒業後も満州鉄道などプロ野球発足前の第一線で活躍します。
特筆すべきは、昭和25年の広島球団発足時に40歳でプロ契約したことです。
選手としての実績は残していませんが、明治大学との太いパイプに期待したオーナーの判断での契約でした。

画像は敬遠満塁策が成功した瞬間の観客です。


keienn






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九戸伝説

秀吉に喧嘩を売った北奥武将九戸政実。
九戸落城の前に脱出した政実の子亀千代は、田子町の衣更で武将の服に着替えた。
向かう先は津軽領。
田子町石亀に差し掛かったときに、追っ手に見つかった。
もはやこれまでと一戦を交えたが、武運拙く討ち取られてしまった。
地元の人々は、亀千代を憐れに思い「若宮八幡宮」として祀った。
郷土の伝説も興味津々!

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大友裕子のボヘミアン

大友裕子さんのファンでした。
本当はひょうきんな性格だったようですが、歌詞が暗い怨念んを感じさせるようなアルバムが多かったです。
たぶん、最後に出したレコードがボヘミアン。
予告で流れたボヘミアンは、それまでと違った元気の出そうな曲。
しかし、レコードが売り出さたのと同じ時期に引退。
けっこうショックでした。
その後、ボヘミアンは葛城ユキさんが歌って大ヒット。
でも、大友裕子のボヘミアンが好きです。
一日だけでも復活を望みます。

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重ね重

浄法寺の漆絵。
稚拙だけれど、何ともいえない魅力です。
30年ぐらい前は、数セット有りましたが、今は1セットのみ。
犬の餌入れとして使われてました。
現在の製品は、後世の人間にどのように移るんでしょうか?

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不思議な刃物

浄法寺地方の農家から出てきた刃物。
二代前までは塗師を生業にしていたお宅から頂きました。
誰から聞いても用途がわかりません。
金箔を切る道具?
漆掻きの道具?
藁細工?
調査を継続します。

17021111

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