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Airinjuku

Author:Airinjuku
岩手の世捨て人。ある時はせんべい汁屋、ある時は漆芸職人。正体不明?でがんばってます。


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秀衡と浄法寺の迷宮

岩手県の南北に漆器の文化が伝わっています。浄法寺塗と秀衡塗です。

秀衡塗というと菱形の金箔と模様が特徴的ですよね。平泉文化を花開かせた藤原秀衡の名が付いているので、古くから秀衡塗りがあったように誤解されますが、秀衡塗りという呼び方が一般的になるのは大正時代からのようです。

古くから「秀衡椀」と呼ばれている物は、なぜ「秀衡椀」の名がつけられたのかは分かっていません。産地も特定されていないと思います。 浄法寺椀は瀬戸内寂聴尼で知られる天台寺がルーツであることが分かっています。藩政時代には各地へ漆器を送り出した記録も残ります。中尊寺と天台寺の宗教的関係を考えれば、同じような文様の古い漆器が存在していたことは歴史的にも何らかの繋がりがあることを暗示していると思います。

よく間違われるのが秀衡塗と秀衡椀です。秀衡塗という名前は大正時代に当時の盛岡市長によって付けられた名前で、もともと盛岡の名産品として始まりました。秀衡椀は古くから存在していますが、秀衡椀の歴史=秀衡塗ではないのです。

まるで迷宮に迷い込んだようです。

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ノモンハン

昭和14年(1939年)5月、満州と外蒙古(モンゴル)の国境で日本・満州軍とソ連・外蒙古軍が激突します。ノモンハン事件が勃発しました。以前は、この戦闘はソ連の機械化部隊に対して日本軍はまったく歯がたたなかったと言われてきました。

ところが、ソ連崩壊後にソ連側から新しい資料が出てきて評価が変わってきています。 
教科書などには、損耗率7割としているものもあり、この数字が一人歩きし、「惨敗」となり、ソ連が大量の戦車を投入していることから、機械化部隊に歯が立たなかったとされています。

実は、なんとソ連軍は参戦77,000名で戦死者26,000人だそうです。
一方、日本側の参戦者は30,000名で戦死者17,000名です。この数字を知れば、ノモンハンの評価も変わります。

これまではソ連側の発表の数字が一人歩きしていたのです。
ソ連に近代的機械化部隊があっ たというどうも怪しいですね。
戦車戦ではソ連軍の被害約800台にたいして、日本側の損害は29台です。航空戦でも圧倒します。ソ連側の損害が1,673機なのに、日本側は179機です。

決して負けてないよね。

nomonhan

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