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バチカンの日本兵

ローマ法王庁・バチカンには、昭和の殉難者(戦犯とされた)1068柱の霊が祀られている。
「戦犯」として裁かれたABC級すべての日本人「法務死」者の霊が、世界のキリスト教カトリックの総本山バチカンに、他ならぬローマ法王によって祀られたのである。」とあるブログに書かれていた。

調べてみると、正しくは昭和60年(1980/5/21)に「いわゆる戦犯1068人を弔う五重の塔の模型を、日本の僧侶が、当時の法王ヨハネ・パウロ2世に送り、それがサン・ピエトロ寺院に置かれているのが事実です。

ちなみに送ったのは、真言宗醍醐派の仲田順和さんで結構エライ人です。

当時の記事の和訳もあるようです。

東京の品川寺座主である仲田順和師に案内され、日本から訪れた真言宗の仏教徒たちが昨日の一般拝謁に参加していた。先の戦争で亡くなられた戦没者のための、唱導師(使徒・伝道師)として日本で有名な仲田師は、「聖年」の間にパウロ6世に謁見している。

世界的な戦いを通じて戦死した日本の13万人の学生たちの霊のために、特別の恵み(祝福と加護)を依頼し、また法王に「まことの鐘」を差し出していた。

今年、終戦の35周年に際し、パウロ6世の継承者であるヨハネ・パウロ2世に会うため再びローマにやってくることを欲したのである。

そして戦いの責任者として宣告された10681名の霊の冥福のため、特別の「瞬間」を法王にお願いした。
尊敬と感謝の念の印として、仲田師は彫刻家である星野皓穂氏が造りあげた、

日本の仏教の象徴を再生したひとつの塔を、ヨハネ・パウロ2世に贈った。
日本からの訪問者たちに法王は次のように挨拶した。

「日本から来た仏教徒の訪問者たちを、特別なやり方で、あたたかく歓迎します。
あなた方に平和の祝福を希望します。
われわれ自身についての真実の受容と、われわれの生存の目的がその内部に存する平和を。

すべての人間の威厳に対する尊重が存する他人との平和を。
神がその恩恵をあなた方にお示しにならんことを、祈ります。
芸術的に再生産されたひとつの塔を、法王に寄贈するために日本から訪れた仏教徒の集団にヨハネ・パウロ2世が挨拶した。

第二次大戦当時のバチカンは、ロシアの共産主義を最大の敵と見なしていた時期があったと何かで読んだ記憶があります。バチカン経由で南米に逃れたナチス党員も多かったことは歴史的に証明されていますね。

他のサイトを検索すると興味深い記事のたどり着きました。
かつて、米軍が靖国神社の壊す計画をたてていたとき、それを押しとどめ、神社の存続を促したのが、当時の上智大学学長、バチカン日本支部代表のブルーノ・ビッテル神父およびメリノール宣教会のパトリック・バーン神父の両名だったそうです。

両神父は、マッカーサーの靖国神社の焼却処分案に猛烈に反対し、ビッテル神父は、こんな言葉を残しています。
「いかなる国家も、その国家のために殉じた戦士に対して、敬意を払う権利と義務があると言える。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、国家のために命を捧げた人に“敬意を払う”のは自然の法、平等の真理でなければならない」

「もし靖国神社を焼き払えば、それは連合国軍の占領政策と相容れない犯罪行為である。米軍の歴史に不名誉な汚点を残すことになろう」
「靖国神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源であるというなら、排すべきは国家神道という制度であり、靖国神社ではない。われわれは、信仰の自由が完全に認められ、

神道・仏教・キリスト教・ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰する者であろうと、(日本の)国家のために殉じたものは、すべて、靖国神社にその霊をまつられるようにすることを、進言するものである」

近代史を勉強しようと思うこの頃です。

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カシオペア歴史研究所



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