プロフィール

Airinjuku

Author:Airinjuku
岩手の世捨て人です。ある時はせんべい汁屋、ある時は漆芸職人。正体不明でがお付き合い下さい。


カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最新記事


最新コメント


月別アーカイブ


カテゴリ


訪問者の足跡


メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



決勝戦で惜敗

 大正13年(1924)夏、小向八郎は仙台高工野球部の夏期合宿を兼ねて来福した。合宿場所は、裁判所通りの沢藤倉治宅の新築したばかりの家を借用した。この合宿は福中野球部の指導も兼ね、午前、午後と猛練習を実行した。その指導は非常に効果的だった。野球知識の必要性を説き、「野球セオリー」をミーティングのたびに講義し、福中野球部員も筆記し勉強に励んだ。こうして野球知識も広がり技術も向上し、いよいよ7月31日から行われる東北大会に挑んだ。大会は仙台市の東北体育球場で、東京朝日新聞社の主催・第二高等学校の後援で行われた。参加24校で決勝戦は秋田中学が米沢中学を18-6で破って優勝し全国大会に駒を進めた。福中は1回戦不戦勝の後、8月3日に一関中学と対戦し3-9で敗れた。

 大正14年(1925)の第11回大会では、参加校の激増と地理的な関係上東北大会から青森、秋田、山形を分離し奥羽大会を新設した。東北大会は岩手、宮城、福島で争われ、東京朝日新聞の主催、二高後援で8月3日から9日まで仙台市の東北体協球場で行われた。東北大会参加校は19校で、福中野球部は東北大会ベスト4に進出し「福中強し」との声を聞くようなった。ベスト4進出の立役者、中津川昇二と小坂国夫のバッテリーは、関東以北最大のバッテリーと噂され一躍優勝候補と目されたが、経験の差とでもいうべきか準決勝で盛岡中学に2-5で敗れた。前年秋に行われた盛岡中学との練習試合に開校以来初めて勝利し、今度こそは勝てるという思いで盛岡中学に挑んだが跳ね返された。しかし将来に希望を抱くベスト4進出であった。

続 く 

015-1.jpg


http://www.airinjuku.com/jinbadai/jinbadai015.html




スポンサーサイト

コメント

資料有りませんか

箪笥に眠っている資料は有りませんか。複製させて下さい。
2017-08-06 18:01 時代屋 #JalddpaA URL編集 ]

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する


 | ホーム |