FC2ブログ

記事一覧

無量の感慨胸を衝く

世間は歴史ブームとかでにぎやかなようです。一般的ではありませんが、硬派の間で密かに知られているのが九戸政実。二戸市にある九戸城の城主です。二戸なのに九戸?。いつも聞かれます。本領は九戸村です。勢力拡大に伴って二戸も領有するようになり九戸城を築きます。この九戸政実は秀吉が全国統一するにあたり最後に抵抗した武将です。室町幕府の記録にも、「関東衆・九平五郎」として残っています。高橋克彦さんの「天を衝く」...

続きを読む

陸奥姉帯城(穴田井城)

姉帯城は中世南部氏の一族である姉帯氏の居城です。姉帯氏は姉帯に五百石の他に、盛岡の飯岡に千石の領地がありました。九戸南部氏とのつながりが深かったため、戦国時代末期の南部家領主をめぐる争いでは、九戸方の有力豪族として戦っています。天正19年(1591)、豊臣軍は九戸城攻略の前哨戦として姉帯城を攻撃しました。これに対して領主姉帯兼興・五郎兼信兄弟を中心とする姉帯勢が激突します。500人の兵力で、蒲生氏郷軍に一...

続きを読む

客将大里修理親基

九戸政実の客将大里修理親基は、武蔵七党丹党安保実光の子孫と言われている。武蔵七党とは、畠山重忠にも縁があったはずで、鹿角にも近い浄法寺とも深い繋がりがありそうだ。大里修理親里を祖とする鹿角安保氏の惣領である。陸奥国鹿角郡大里村(現 秋田県鹿角市八幡平)の在名により氏とした。鎌倉期に郡内地頭職に任命され、鹿角安保氏の惣領は大里村を領した大里上総、次男が花輪村を領した花輪次郎、三男が柴内村を領した柴内...

続きを読む

亀千代伝説

九戸政実の一子亀千代は、11才だった。鹿角郡から津軽に行き、再興を図るべく、落城の迫った8月23日に城を脱出した。馬淵川を渡り、米沢、下斗米、上斗米を越えて、田子の上郷まで逃れた。後見人は佐藤外記であった。外記は、政実の実弟・実親の奥方が三戸南部本家から輿入れの時、付家老として九戸の渦中に入った人物である。南部信直は、亀千代が城を脱出したとの情報を得て、追っ手を差し向けて探索させた。亀千代一行が、...

続きを読む

九戸政実 パート1

九戸政実に興味を持ってもらうために、動画を掲載しました。まずはご覧下さい。九戸氏の出自は、一応南部の一族となっていますが、元々は小笠原だったという説もあります。伊達政宗とも通じていたとも言われています。宮城県の栗原市には九戸政実を祀るほこらがありますよ。その周辺の地名も「九ノ戸」として残っています。カシオペア歴史研究所南部九戸落城中古価格¥4,976から(2018/3/4 19:04時点)...

続きを読む

訪問者の足跡

プロフィール

Airinjuku

Author:Airinjuku
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

カレンダー

04 | 2019/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: