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世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。


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凱歌

 明治時代の初対戦から連敗すること13試合、盛岡中学からはなかなか勝利することができなかった。大正末期の盛岡中学は、既に甲子園に出場すること3回、ベスト4にも2回進出するなど東北随一の名門として君臨していた。盛岡中学から勝利することが、甲子園に出場することと並んで大きな目標であった。いよいよその瞬間が訪れたのである。

 大正13年10月26日。この日は福中グランドに固定式バックネットが完成したのを記念して完成祝賀試合が行われた。この試合の相手として盛岡中学を招いたところ、快く承諾し審判まで連れて来るという熱の入れよう。校庭に集まった観衆は約1000人、学校創立以来の試合とあって熱狂した。

 不来方クラブの阿部、宮野両氏の審判により午前10時に試合開始。福中先発中津川投手の左腕は冴え三振16個を奪い、許した安打はわずかに2本。対する盛岡中学先発の松原投手に対し、福中打線は三振7個を奪われたが安打5本を奪った。試合は4-3で盛岡中学を破り歴史的な勝利をする。それまでの練習試合では13連敗と歯が立たなかったが、これにより選手一同は強い自信を得て更なる練習に励んだ。

 当時を知る人の話では、審判団の公正な判定、盛岡中学吉田選手の「本番では絶対負けない」という言葉、試合終了後に行われた両校選手が健闘を称え合う姿が印象的だったということである。しかし、大正14年~15年にかけての公式戦では盛岡中学に敗退。依然として盛岡中学は大きな壁として立ちはだかったのである。

 また、この試合での勝利後に初めて「凱歌」を披露した。この年の春から正式に応援団組織を編成し、各種応援歌を制定し練習を重ねて来たのであった。


https://airinjuku.jp/jinbadai/jinbadai.html

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野球の歴史

某社の社内報で岩手の野球史についての執筆依頼がありました。

拙文が役立つならと依頼を受けました。

大正末期に明治大学で活躍した岩手人を中心に書こうと思います。

そして資料を読んでみると、母校の先輩の名前も堂々と出てきます。

どのようにまとめるか思案しています。

https://airinjuku.jp/

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日本野球史

数年ぶりに読み返しています。

今思えば、亡くなった父親が買ってくれた本です。

中学生の自分になぜこの本を買い与えたのか不思議です。

しかし、この本の中に出てくる岩手福岡中学は地元の学校でした。

自然とその学校に進学したのかもしれません。

そして、縁とは不思議なもので母校野球部100周年記念誌を執筆させていただきました。

そのきっかけになった本なのは間違いありません。

https://airinjuku.jp/

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松竹ロビンス~1936-1952 羽ばたいた駒鳥たち! 個性派球団興亡史~ (野球雲10号)

母校野球ネタ

神宮外苑に明治神宮競技場が竣工したのは1924年(大正13)のことであり、同年から内務省主催の「明治神宮競技大会」が開始されることになった。日本のスポーツ競技普及に大きな役割を果たし、戦後の国民体育大会の基になった大会でもある。

中等野球(現在の高校野球)も第1回から開催された。ただし、野球場が完成したのは1926年の第3回大会からで、それ以前は大学グラウンドなどを用いていた。基本的に夏の全国大会上位チームを招待することが多く、この方針は現在の国体に受け継がれている。

他の競技大会と同様、戦争の影響で1942年(昭和17)の第17回をもって大会は中止となった。年次によっては「明治神宮体育大会」、「明治神宮国民体育大会」、「明治神宮国民練成大会」とも呼称していた。

1928年(昭3年)には、御大典奉祝記念大会として開催されたが、この大会には、旧制福岡中学が選抜されて出場し、見事に準決勝に勝ち進んだのである。前年夏の大会には、初出場ながら、優勝した高松商業と大接戦を演じ、春の大会には、東北・北海道勢としては初めて選抜された強豪チームであった。

春の大会には、練習部不足のため出場を辞退したが、御大典奉祝記念大会にも選抜されて出場した。御大典奉祝記念大会は、昭和天皇陛下の即位を記念して開催された大会であったが、初戦で春の選抜大会優勝の関学中学に勝利したのであった。

準決勝は、名門和歌山中学と対戦。和歌山中学の小川投手と、福岡中学の戸来投手対戦は、屈指の人気を博し、東の戸来か、西の小川かと言われた。試合は、2対3で惜敗であった。

語り継ぎたい二戸の歴史です。

中等野球 選抜大会1928年(昭3年) [御大典奉祝]

1回戦

和歌山中 000 100 100=2
広陵中 000 010 000=1
【和】 小川―島本
【広】 八十川―小川

鹿児島商 000 000 000=0
松本商 100 000 01X=2
【鹿】 能勢―餅田
【松】 中島―百瀬

高松中 003 011 000=5
早稲田実 000 000 000=0
【高】 梶原―中村新、小舟
【早】 小林―佐伯

関西学院中 103 010 012=8
福岡中 250 020 00X=9
【関】 悳、加藤―浅井
【福】 戸来―村田

準決勝

福岡中 020 000 000=2
和歌山中 000 011 001=3
【福】 戸来―村田
【和】 小川―島本

高松中 301 100 000=5
松本商 001 020 010=4
【高】 梶原―中村新、小舟
【松】 中島、佐藤―百瀬

決勝

高松中 100 000 002 00=3
和歌山中 120 000 000 00=3
※延長11回、日没のため引き分け
【高】 梶原―中村新
【和】 小川―島本

高松中 320 002 003=10
和歌山中 000 000 000=0
※高松中(香川)が優勝
【高】 梶原―中村新
【和】 小川、土井―島本

11回目の甲子園、行ってほしい。

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昭和3年秋 明治神宮大会での岩手福岡中学の活躍

神宮外苑に明治神宮競技場が竣工したのは1924年(大正13)のことであり、同年から内務省主催の「明治神宮競技大会」が開始されることになった。日本のスポーツ競技普及に大きな役割を果たし、戦後の国民体育大会の基になった大会でもある。

中等野球(現在の高校野球)も第1回から開催された。ただし、野球場が完成したのは1926年の第3回大会からで、それ以前は大学グラウンドなどを用いていた。基本的に夏の全国大会上位チームを招待することが多く、この方針は現在の国体に受け継がれている。

他の競技大会と同様、戦争の影響で1942年(昭和17)の第17回をもって大会は中止となった。年次によっては「明治神宮体育大会」、「明治神宮国民体育大会」、「明治神宮国民練成大会」とも呼称していた。

1928年(昭3年)には、御大典奉祝記念大会として開催されたが、この大会には、旧制福岡中学が選抜されて出場し、見事に準決勝に勝ち進んだのである。前年夏の大会には、初出場ながら、優勝した高松商業と大接戦を演じ、春の大会には、東北・北海道勢としては初めて選抜された強豪チームであった。

春の大会には、練習部不足のため出場を辞退したが、御大典奉祝記念大会にも選抜されて出場した。御大典奉祝記念大会は、昭和天皇陛下の即位を記念して開催された大会であったが、初戦で春の選抜大会優勝の関学中学に勝利したのであった。

準決勝は、名門和歌山中学と対戦。和歌山中学の小川投手と、福岡中学の戸来投手対戦は、屈指の人気を博し、東の戸来か、西の小川かと言われた。試合は、2対3で惜敗であった。

語り継ぎたい二戸の歴史です。

中等野球 選抜大会1928年(昭3年) [御大典奉祝]

1回戦

和歌山中 000 100 100=2
広陵中 000 010 000=1
【和】 小川―島本
【広】 八十川―小川

鹿児島商 000 000 000=0
松本商 100 000 01X=2
【鹿】 能勢―餅田
【松】 中島―百瀬

高松中 003 011 000=5
早稲田実 000 000 000=0
【高】 梶原―中村新、小舟
【早】 小林―佐伯

関西学院中 103 010 012=8
福岡中 250 020 00X=9
【関】 悳、加藤―浅井
【福】 戸来―村田

準決勝

福岡中 020 000 000=2
和歌山中 000 011 001=3
【福】 戸来―村田
【和】 小川―島本

高松中 301 100 000=5
松本商 001 020 010=4
【高】 梶原―中村新、小舟
【松】 中島、佐藤―百瀬

決勝

高松中 100 000 002 00=3
和歌山中 120 000 000 00=3
※延長11回、日没のため引き分け
【高】 梶原―中村新
【和】 小川―島本

高松中 320 002 003=10
和歌山中 000 000 000=0
※高松中(香川)が優勝
【高】 梶原―中村新
【和】 小川、土井―島本

※ 昭和天皇即位の御大典奉祝の為、明治神宮体育大会は行われず、
※ 特別に全国中等学校選抜野球大会が行われた。

※ 野球統制令以前の大会>御大典奉祝 全国中等学校選抜野球大会と重複

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