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世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。


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歴史上で一度も台湾を支配したことは無い中華人民共和国

台湾をチャイナの領有だと信じる日本人が意外に多いのに驚きます。ここにも日本の歴史教育の欠陥がわかります。そして中華人民共和国と名乗る国は、歴史上で一度も台湾を支配したことはありません。

しかし、台湾を実効支配していない中華人民共和国は国際社会に対し、「日本が台湾を中国に返還したからだ」と強調しています。これこそ歴史の捏造です。

一、日本は1945年の敗戦で中華民国に台湾を返還した。
二、中華民国は一九四九年に滅び中華人民共和国が台湾の主権を継承した。
三、台湾にある中華民国は不法で、中華人民共和国の一地方政府にしか過ぎない。

つまり、日本の敗戦で中華民国が「台湾も返還」を受けたが、その後、中華民国が滅んで中華人民共和国が成立したため、当然台湾もその一部となったと言うわけである。

ところで日本は本当に台湾を中華民国に「返還」した事実はあるのでしょうか。

台湾を領有していた日本は大東亜戦争に敗れた後、マッカーサーが9月2日に発した蒋介
石の国民政府(中華民国)に降伏せよという「一般命令第一号」に従い、1945年10月25日に台湾の台北市公会堂で行われた降伏式に臨んだのです。

この降伏式で日本は中華民国による台湾・澎湖諸島接収に応諾署名しました。澎湖列島の領土人民に対する統治権、軍政施設並びに資産を接収する」という「行政長官第一号命令」を受け入れました。つまり連合国による台湾の管理に同意したのです。

ところが、中華民国を代表して降伏式に臨んでいた陳儀はラジオを通じ「台湾および澎湖列島は正式に中華民国の版図に入り、すべての土地、人民、政治はすでに中華民国国民政府の主権下におかれた」という声明を発表しました。中華民国は台湾接収を命じられただけにも関わらずです。安藤利吉台湾総督は、台湾の人たちに申し訳ないとして服毒自殺を遂げています。

日本が台湾を1945年10月に中華民国に返還していたとするなら、日本は1951年9月8日に署名したサンフランシスコ平和条約が成り立ちません。実は、このサンフランシスコ平和条約を、中華民国自身が日本と調印した「日華平和条約」で承認しています。

≪日本国は、1951年9月8日にアメリカ合衆国のサン・フランシスコ市で署名された日本
との平和条約(以下「サン・フランシスコ条約」という。)第2条に基き、台湾及び澎湖諸
島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが
承認される。≫

日本が大東亜戦争の結果受け入れたのは台湾に対する施政権を放棄しただけで、主権に関しては連合国に任せるというものです。その連合国で台湾の主権先が決定していない以上、主権は未だに日本にあるという結論です。

だとするならば、台湾政府が日本政府に独立を申し出て日本国政府が承認すれば円満に台湾独という国家が誕生することになります。個人的には日本国台湾道で良いと思っています。

https://airinjuku.jp/

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大東亜会議共同宣言

大東亜会議共同宣言は、アジア諸国に独立のきっかけを与えた宣言です。大東亜戦争に勝利したつもりでいた英仏欄は、戦争終結後に植民地と思っていた地域の独立を認めざるを得ませんでした。日本の左翼陣営は絶対に認めませんが、大日本帝国の功績です。

しかし、カイロ宣言は知っていても大東亜会議共同宣言は国史の中でほとんど教えられません。その内容は、現代語では次の通りです。

1 東亜諸国は、協同して東亜の安定を確保し、同義に基づく共存共栄の秩序を建設します。

2 東亜諸国は、相互に自主独立を尊重し、互いに助け合い、東亜諸国の親睦を確立します。

3 東亜諸国は、相互にその伝統を尊重し、各民族の創造性を伸ばし、東亜諸国それぞれの文化を高めあいます。

4 東亜諸国は、互いに緊密に連携することで、それぞれの国家の経済の発展を遂げるとともに、東亜諸国の繁栄を推進します。

5 東亜諸国は、世界各国との交流を深め、人種差別を撤廃し、互いによく文化を交流し、すすんで資源を解放して、世界の発展に貢献していきます。

大東亜会議は昭和18年11月5日東京の国会議事堂で開かれた会議です。日本(首相東条英機),中華民国南京政府の汪兆銘,タイ(首相代行ワンワイタヤコン),フィリピン(大統領ラウレル),ビルマ(大統領バモー),満州国(国務総理張景恵)、自由インド仮政府代表(主席S.C.ボース)が陪席したものです。

チャイナ以外のアジア人からすれば、「ヨーロッパ人の植民地政策は間違っているから、私達アジアの国々は団結してがんばります」というものでした。本来ならばアジア文明のリーダーになるべきチャイナは、内戦を繰り返すばかりです。

これに対して、米英仏とチャイナ、それにソ連を加えた連合国は、「イエローモンキーが調子こくな、アジアのサルどもは俺たちに従え」と二発の原子爆弾を広島と長崎に落としたのです。

しかし、大日本帝国が植え付けた「独立心」は、アジア各国に広がり多くの独立国を生んだのです。

さて、この事を知っている日本人はどれぐらいいるでしょう?。卑屈になることはありません。堂々とこの時代の日本がしてきたことを伝えればいいのです。日本人は胸を張って生きていきましょう。

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東條英機

  A級戦犯という犯罪は正式には無いのですが、某勢力の陰謀で日本人の歴史観に大きな影響を与える言葉です。そしてその代表といえば東條英機です。歴史を深く研究すると、彼は人の好い軍人で、大東亜戦争の責任を一身に受けて汚名を着せられた軍人だと思います。

  彼に代わる責任者といえるのが近衛文麿ですが、彼の戦争責任について近年は叫ばれていますが、一般的には開戦に反対した政治家という評価がされています。

  実は東条英機が、ユダヤ人から「英雄」と称えられていたのを知っている日本人はほとんどいません。この記事のモトネタはラビ・マーヴィン・トケイヤー氏著「ユダヤ製国家日本」に書かれています。ユダヤ人が東條英機を「英雄」と称えるポイントは二つです。

  1937年、ナチスの暴挙を世界に喧伝するためにハルビンで極東ユダヤ人大会が開催されました。ハルビン特務機関長だった樋口季一郎らが、大会に出席したことに対し、日本の同盟国であったドイツが抗議してきました。しかし、その抗議を樋口の上司だった東條が握りつぶしたのです。

  日本政府はドイツと同盟を結んでいましたが、人道的見地から、ナチスの迫害から逃れたユダヤ人を満洲国に入国させました。そのことにドイツ外務省から激しい抗議がありました。その抗議を、「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」と東条英機が一蹴しました。実際に決断したのは樋口季一郎だという研究もありますが、少なくとも上司で責任者の登場が許可しなければ実現しないものでした。

  エルサレムの中心地に「ゴールデンブック」というものがあって、ユダヤ民族に貢献した人、ユダヤ人に救いの手を差し伸べた人達を顕彰するためにあるそうです。この「ゴールデンブック」には二人の日本帝国陸軍軍人、樋口季一郎中将と安江仙弘大佐の名が刻まれています。

  そこには東条英機の名前は刻まれていません。実務上でユダヤ人と交流が無かったためです。特務機関の幹部として、ハルビンのユダヤ民族協会を通してユダヤ人社会との交流があったのが樋口や安江でした。

  欧米の歴史研究家の中では、東条英機がユダヤ民族協会との交流があれば、「ゴールデンブック」入りは勿論のこと、東京裁判の判決も違ったものになったとの研究もあります。

  この満洲を舞台に繰り広げられたユダヤ人救出を、共産チャイナは歴史の書き換えを画策し、現在ではチャイナ共産党の業績だと宣伝しているようです。歴史戦に負けてはいけません。微力ですが発信を続けます。

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スターリンのソ連に対抗できたのは軍事力があったから

ソ連帝国主義と共産主義の敗北。独裁者スターリンのソ連帝国主義は人類の敵でした。ドイツのヒトラーも当初はソ連の壊滅を目的に戦っていました。日本は共産主義勢力ソ連と対決するためにドイツと手を組んでソ連と戦いました。その行動はバチカンも支持していました。

スターリンに騙された英米仏は、本来の彼らの敵を見誤り、ドイツ降伏後の日本を標的として日本を追い詰めることに成功します。本来は共産主義とソ連の南下政策に対する戦いだったのですが、コミンテルンの攪乱作戦にまんまとはまった日本は、ドイツの降伏によって同盟国はほとんどなくなってしまいました。

ロシア共産革命後、ソ連は世界中に共産主義を輸出し、中央アジア、モンゴルなどを占領していました。ソ連共産主義は日本の最悪の敵でした。何十年間、ソ連は日本に対して敵対的な政策をとり、朝鮮と南樺太を奪おうとしていました。

ソ連はゾルゲなどのスパイを使い、日本の経済・政治・軍事の状況についてさぐりだしました。ソ連の共産主義者は満州国国境での軍事的挑発をやめません。1944年だけで、そのような侵犯が約200件あり、そのなかには満州国領に砲撃という場合が数多くありました。

ソ連は1941年4月に締結された日本との中立条約を一方的に破棄し日本との開戦に踏みきったのです。1945年8月8日、共産ソビエトは日本に対して宣戦布告しました。ソ連兵の任務は、共産主義の拡大と日本領土の奪取にあったのです。このソビエトの暴挙に対して、関東軍と南樺太、千島列島の日本軍はソビエトの侵攻を食い止めたのです。

ソビエトが参戦をする直前の8月6日の朝、アメリカ軍の飛行士は、大統領H.トルーマンの命令に従って、広島に原子爆弾を投下しました。市民の無差別殺戮です。8月9日、アメリカ軍は第2の原子爆弾を港湾都市の長崎に投下しました。これらの都市に対する爆弾投下の結果、約50万人の人びとが死亡します。

日本の都市に対する原子爆弾の投下は、軍事的な必要によってなされたものではありませんでした。この野蛮な行為によって、アメリカ政府は、核の脅威によって世界支配を成し遂げようと望んだのです。二つの原子爆弾は、戦争の結末に決定的な影響を与えることはできませんでした。日本の軍部には徹底抗戦を叫ぶ勢力もあったのです。

8月15日、天皇陛下の英断により日本はポツダム宣言を受け入れました。8月19日から日本軍は、降伏・投降し始めます。日本に戦闘の意思が無いと見たソビエト軍は南樺太と千島列島を不法に侵攻したのです。北海道への侵攻も目論んだのですが、日本軍の抵抗によって果たすことができません。

戦後になり米国は、ソビエトの拡大と共産主義に対して孤軍奮闘していた日本を理解します。そして日本の復興を助け、経済戦争でソビエト共産主義を倒したのが1991年の事でした。ソビエトは倒れましたが、共産党一党独裁の覇権国家が日本の周囲にはいまだに存在するのです。

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ちょっとあの国について考えてみましょう

日本という国は、あのモンゴル帝国を撃退し、眠れる獅子といわれる清国を破り、ロシアを破り、 国際連盟の五大国に列し、大東亜戦争では白人国家とチャイナ連合軍と戦い、フランスを破り、イギリスを破り、オランダを破り、シナとの戦いの片手間にアメリカと丸4年の大戦争をやった。 しかもゲリラ戦ではなく、戦艦と航空兵力で堂々の大戦争である。結果としてアメリカには敗れたが、有色人種の独立国を誕生のきっかけをつくり、終戦後は即座に復興し世界の経済大国にのし上がった。

このような栄光に満ちた歴史を持つ日本に対し、嫉妬する国があるのも無理もないことかもしれない。そんな国が羨ましさのあまり攻撃対象としているものの一つに「長い歴史を持ち、世界的に評価の高い日本の皇室がある。

ちなみに天皇家はヴァチカン(カソリックたち)が認めた現存する 唯一の皇室で、実は靖国参拝も教皇庁に公認されている。また、ヴァチカンは1934年に満州国をも承認していた。だから某国でかなりの割合で存在するカソリック教徒は、本来なら天皇陛下を皇帝として認め、靖国参拝に反対してはならないのだ。

大英帝国のエリザベス女王ですら、天皇陛下と同席するときは上座を譲るし、アメリカ大統領であっても、天皇陛下を空港へホワイトタイで出迎えるらしい。米国大統領がこの歓迎法をとるのは、天皇陛下・ローマ法王・英国君主のみだそうだ。つまりアメリカ大統領に最敬礼させられる高位者3人のうちのひとりが天皇陛下である。
  
日本の天皇家は、世界で最も歴史の古い王家の血脈を今に伝える文化的にも価値の高い存在である。英国王室のエリザベス二世が38代目、欧州最古といわれる。デンマーク王室のマルガレーテ二世でさえ54代目だ。


日本人が長い歴史があると勘違いしているチャイナは、西暦1912年の建国だ。王朝や支配民族は何度も変わっているので、中国4000年は間違いなのである。中華人民共和国に至っては1949年の建国である。

天皇家の神代から続く、その万世一系の血筋は、日本国の永劫の繁栄を象徴し、歴史に対する気高い誇りと、地球上に於いて文字通り比類なき重みを持っている。つまり日本という国は、世界有数の先進国・経済大国であるという肩書きと、世界最古・最長の生きている歴史・伝統を同時に有するという、世界的にみても『奇跡の国』なのである。

その天皇家を昔から疎ましく思っている勢力がある。朝鮮人と共産勢力である。日本共産党を含む共産勢力が、なぜ昔から天皇制打倒を叫ぶかというと、共産主義の「平等」とは国内の上下をなくすこととしているが、共産党の一党独裁で人々を支配することにある。その目的に最も邪魔な存在が皇室なのである。彼らが、長い歴史の象徴である天皇家を断絶する方法は2つしかない。天皇家を皆殺しにするか、天皇制を廃止することである。

日本の皇室にとって、大東亜戦争後に存亡の危機が訪れた。戦争に敗れ、政局が大きく変われば、大規模な暴動が起こり、統制できなくなるのが世界的にも常である。しかし、日本人は冷静さを維持し新しい体制をなんとか受容できた。それは日本にやってきたGHQが天皇家を存続させたからである。

当時の日本人は、政府が変わっても、法律が変わっても、どんなに日本がボロボロに疲弊し、生活が目まぐるしく変わったとしても、「天皇陛下を戴く日本国民であること」は「変わらない」と信じたからこそギリギリのところで変化を受け入れることができたのである。

実際に日本は戦争も強かったし、皇室は世界的に高く評価されていて、戦後の復興も現在の国力も世界に誇れるものである。一方、某隣国は過去一度も大規模な戦争を一対一で戦ったことすらなく、戦争をする時は常に強大国の部下となり、そして戦争にはほぼ全敗している。

モンゴルと組んで日本を侵略しようとした元寇でも返り討ちにあっているし、明と組んで戦った時も明は滅亡した。清と組んで日本と戦った日清戦争でも敗北し、ロシアと組んで日本と戦った日露戦争にも敗戦。日本国の一員として戦った大東戦争ではアメリカに敗れたし、アメリカと組んだベトナムと戦争でも勝てなかった。
 
某国の歴史は、属国として千年以上もチャイナに金も作物も美女も貢ぎ続け、戦後は大嫌いな日本に独立と経済成長を助けられたという経緯を持ち、独立後も経済破綻する度に日本に面倒みてもらっている。

現在も世界で唯一国連軍の監視下にある地域として、大統領直轄の首都防衛軍以外の「国軍」の実質的な指揮権をアメリカに取り上げられているという、全く自立できてない国家なのである。
 
そんな自立できていない国でありながら、民族の特性である無根拠なプライドの高さと過剰な自国賛美で、自分達はもう世界の列強に伍する超大国になったのだと勘違いして世界を呆れさせているのが国なのである。何でも自国発祥病は、チャイナからも失笑を買っている。

実際のところ某国には経済(世界12位)しか世界に通用するものがないのだから、海を隔てたすぐ隣に「アメリカに次いで世界3位の経済を持つ日本」などという国があれば、彼らが嫉妬するのは無理もないことであろう。隣の日本という国がもう何十年も“経済大国”と呼ばれ続けていることに我慢がならないのが某国人なのである。

彼らの無駄に高すぎる自尊心では、世界一優秀なはずの自民族が日本よりも貧しいのは、何かの陰謀による結果なのだと思い込むことで、自らの努力不足を認めることができないのであろう。劣等感をどうにかしないと、国内の政治が成り立たないほど自分たちが優秀だと信じ込んでいるのだ。

そこで、チャイナと同様に彼らは外敵を作ることで愛国心を持たせる安易な手段を選んだ。もちろん外敵として選ぶのは、近所の日本である。それゆえ某国では「親日」の存在自体を完全否定する。

なんと親日の先祖がいるだけで社会的に抹殺する法律(「日帝強占下親日反民族行為の真相究明に関する特別法」、通称「反日法」)まである。日本が良い影響を与えたこと自体を歴史から抹殺しているのだ。そんな国では、経済が不調になれば「豊かな日本」というイメージが腹立たしく、そして妬ましくもなるのである。そして、「日本に謝罪と賠償を請求」という言いがかり国家となり、働かずに楽に金を得たくなる者が続出するのである。

日本人の感覚では、「そんな方法」で金を得てもメリットよりも白い目で見られる恥ずかしさのデメリットの方が遥かに大きいと感じるが、某国の場合は得られるのは多額の賠償金だけではない。

某国では卑怯者が英雄になれるのである。某国の歴史上の英雄というのは、なぜか日本に関係した人物ばかりである。もっと簡単にいえば、某国では日本人を殺した人間が英雄である。

李舜臣(イ・スンシン)という人物、某国では「秀吉軍を撃破した水軍の将軍」ということになっていて、英雄とされている。彼らは、「世界征服の野望を持つ日本の秀吉軍を撃破して世界を守った!」とか、「李舜臣将軍は世界四大提督に数えられ、世界中が尊敬している!」とか、「世界中の海軍では李舜臣の戦法を手本に学んでいる!」などと都合のいい作り話で賛辞を惜しまない。

だが、実際のところ李舜臣を含む朝鮮水軍(李舜臣は総司令ではなく、複数あった水軍の中の一司令官だった)は、秀吉軍を撃破するどころか海上で食い止めることができずに半島への上陸を許している。なにしろ秀吉軍は当時の最新兵器『鉄砲』を世界一多く保有していた上に数百種類の狼煙や花火を使った通信・情報戦にも長けていた歴戦の近代軍隊だったのである。対する某国は明の冊封国だから鉄砲も持っていないし、しかも全く訓練されていなかった。ゆえに秀吉軍が某国水軍などに撃破されるはずがないのである。

ちなみに秀吉軍の第一次出兵では、1ヶ月でソウルを制圧、2ヶ月で平壌を陥落させ、某国王子を捕虜としている。某国では「李舜臣軍が秀吉軍を撃破した」というフィクションが史実のように語られているが、某国出兵に参加した日本の武将は、結局誰一人死んでいない。唯一戦死したといえそうな大名は「中川秀政」だが、「鷹狩りをしている最中に刺客に暗殺された」だけなので厳密には“戦死”と言えるかどうか怪しいものである。

余談だが、秀吉軍が上陸した時、某国の民衆は地獄のような圧政に苦しんでいたため、戦乱に便乗して迷わず役所に火をつけ、戸籍を燃やした。その結果、「貴族、良家、良民階級の生まれだ!」と自称する者が激増した。

さて、実際の李舜臣は何をしたのかといえば、秀吉軍の「補給船団」を襲って「補給路を断った」だけである。秀吉軍は補給が断たれたので一度引き返したが、もちろん撃破されたわけではない。また、彼の戦い方は、主に「停泊中の艦に火をつけるゲリラ攻撃」や「日本と嘘の休戦協定を結んで、油断させて背後から襲う」という、海賊まがいの卑怯な戦法である。その卑怯な戦法に怒った島津義広に討ち取られている。某国では、島津兵のことを「シーマンヅ」と呼んで恐れた。

まあ確かに、「秀吉軍と正面から戦わなかった」ということは、臆病である反面、相手の強さを理解する賢さを持つ優秀な将ではあったのかもしれない。だが、ゲリラ戦法や嘘の休戦協定などという国際法違反を戦術としていた人物に、世界の海軍が戦法を学ぶなどというデマはあまりにも恥ずかしい。

「世界四大提督」なるものは朝鮮限定の呼び名だが、世界三大提督というのは世界的にも通用する言葉だ。

まず、ホレーショ・ネルソン提督。トラファルガー海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破り、ナポレオンからイギリスを守った海軍提督。

ジョン・ポール・ジョーンズ提督。アメリカ独立戦争中の指導者としてアメリカ国内で有名だが、世界的にはあまり有名ではない。現在はアメリカ海軍の駆逐艦の名前にもなっている。

そして世界にその名を知られる“アドミラル・トーゴー”こと日本の『東郷平八郎』、これが世界三大提督である。

安重根(アン・ジュングン)は、伊藤博文を暗殺した犯罪者である。外国の非戦闘地帯にいた非軍人(伊藤博文)を、軍服も着ずに私服で近づき予告も無く殺害した卑怯者である。現在の法でも当時の法でも、こんな行為に正当性があるはずもない。当然この伊藤殺害だけで国際法違反をいくつも犯している。安重根を独立軍の将軍という者もいるようだが、彼の身分は皇帝に任命されたわけではなく、勝手に独立軍義兵隊参謀中将を名乗っていただけ。

そもそも、たった一人で外国まで暗殺しに行った実行犯を、なぜ「独立軍」などと解釈できるのか理解に苦しむ。本来なら「抗日活動家」か、「テロリスト」あたりが適切な肩書きなのである。事実、事件後に安重根を逮捕したロシア警察も、すぐに安重根の身柄を日本に引き渡しているし、某国皇帝も安重根の軽率な行動を非難し、日本に謝罪使節団まで送っている。

つまり、ロシアや自国から見ても安重根はテロ犯罪者だったのである。だが、現在の韓国では、妄想が広がり「偉大なる安重根義士は古来より敬愛された独立軍の将軍だ!」とか、「極悪人の伊藤博文に天誅を下し、全世界に勇気を与えた!」などというフィクションで塗り固められた歴史上のスーパーヒーローになっている。

彼らは「安重根は併合を阻止するために悪の伊藤を成敗した」などと言うが、朝鮮併合反対派の伊藤が暗殺されたせいで次の統監が任命され、併合が決定的になったのだ。つまり「安重根による伊藤暗殺が併合を加速した」のである。

しかも、安重根が明治天皇の崇拝者だと知ったら発狂間違いないことだろう。今でこそ彼らは「敬愛された英雄」ということになっているが、李舜臣など当時の政府からは反逆者として何度も投獄される扱いだったし、安重根に至っては犯罪者として韓国皇帝に非難された上に処刑されている。

そのような事実にも関わらず、現在の某国の教科書やテレビドラマでは、安重根や李舜臣を美化し、英雄化し、その行為を正当化するために、伊藤博文や豊臣秀吉を徹底的な悪人として描いている。これは「自分たち側を持ち上げる時には、相対的に必ず比較対象を貶める」という卑しい習性である。この習性は知らない、人の良い日本人がなんと多いことか。

栄光に満ちた歴史を持つ日本と違い、長年属国として生きてきた某国には英雄らしい英雄がいなかったから都合のいい歴史が作られた。そして自分たちを持ち上げるために隣の国・日本を貶めるのが彼らにとって最も気持ちがいいやり方なのである。

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