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七夕

陸奥浄法寺でささやかな七夕祭りです。

景色のアクセントになっています。

来年はみんなで集まって、団子でも食べながらhttps://admin.blog.fc2.com/control.php#語りたいです。

それまでに、なんとか秘密基地を完成させたいです。

https://airinjuku.jp/

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長慶天皇の伝説が残る馬淵川流域

 長慶天皇が亡くなったのは45歳だったといわれます。その御陵は長谷寺の「有末光塚」に作られます。位牌は火災により焼失し、延亨2年(1745)に再建されました。
長慶天皇に遺品は応永年間(1394年から1428年)に、どうした理由か不明ですが櫛引八幡宮に移されます。八戸南部家の家臣立花四郎が長慶天皇より拝領し、その子孫の時代に長谷寺恵光院の関係者が櫛引八幡宮に奉納したとも伝わります。

八戸南部家の勢力圏に「ナニャドヤラという不思議」な歌が伝わります。別名を「南部の猫歌」とも呼ばれます。一戸町出身の神学博士・川守田英二はヘブライ語説、言語学者の金田一京助は方言説、柳田国男は恋歌説が唱えます。

新郷村史では弔いの歌であるとしています。長慶天皇が長谷寺に潜幸した際、梵語で「ここしか住むところがない」という気持ちを詠んだものともいわれます。この弔いの歌が、「ニャンニャン」と聞こえたため南部の猫歌と呼ばれました。この猫歌が盆に謳われるようになり、馬淵川流域を代表する盆踊りの歌となったと言います。

長慶天皇の病状が悪化し、側近の6名が月山大権現の断食祈願を行いますが、天皇は崩御してしまいました。6名は天皇の崩御に殉じます。地元の人々は、長慶天皇と殉職した側近の霊を慰めるために「ナニャドヤラ」を歌うようになったということです。

https://airinjuku.jp/kikou/kikou.html

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天台寺と軽米萩薬師堂

 天台寺の仏像は平安時代のものと推定されます。一木造りの聖観音像と十一面観音像の二体が平安期のものと考えられています。寺伝によれば神亀5年(728)の創建とされ、聖武天皇の勅願によって作られました。

 聖武天皇の勅願はともかくとして、東北各地に残る慈覚大師円仁の影響によると考えられます。円仁の時代だとすると嘉祥年間(848~851)前後ということになり、仏像の様式が寄木造り以前のものであるので、少なくても平安中期~鎌倉初期の作品には間違いないものと思われます。

 天台寺にはこの他にも、毘沙門天、吉祥天、弥陀、薬師などの大像が残されていますが、観音は慈悲を持って、十一面観音は徐病、滅罪によってあがめられ、毘沙門天は王城鎮護として北方の守護神として尊信されたといわれます。

 天台寺の毘沙門天は胆沢城とも関連が深いと考えられ、古代北方の総守護神と考えられた和賀地方の成島毘沙門堂、江刺の兜跋毘沙門天像、北上の立花毘沙門堂と合わせて考えると興味深いものがあります。

 平安時代の十一面観音像は、天台寺とも関係の深い三戸の長谷寺の恵光院にあり、天台寺の仏像と同年代ものが軽米の萩薬師堂の薬師像です。天台寺との関連を調べると面白そうです。

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雨上がりの産直

雨上がりに産直に立ち寄りました。

お目当ては「栄宝堂」のパンです。

高い確率で売り切れています。

この日は5個残っていたので、全部買わせていただきました。

安定の美味しさでした。

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軽邑耕作鈔

日本の農村風景が残る軽米に、弘化年間に書かれた「軽邑耕作鈔」という農業書があります。一世紀サイクルの農業を考える書物で、現在に必要な書物でもあります。

弘化四年(1847)から嘉永五年(1853)年かけて書かれたもので、二十年間にわたる自らの実験を付近の経営の見聞と、その他の農業書の記述と合わせて、自家経営を中心に記述しており、山村の畑作経営を主眼に置いています。

穀物の経営、圃作経営、その他の部分に分かれ、当時の主力であった稲作経営の比重が低くなっています。粟、稗、大豆、大根などの穀物経営の比重が高いのが特徴です。

著者は軽米の豪農・淵沢定長で、軽米村最大の地主でした。質屋、酒屋も経営し、稲作についても、ヤマセの克服を目指したものと考えられます。

米余りの現在、地域の風土を生かした農業はもっと注目されてよいと思います。雑穀の里軽米、そして雑穀を岩手県北部~青森県南部の特産品で売り出してもよいと思っています。

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カシオペア歴史研究所

Author:カシオペア歴史研究所
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

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