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Airinjuku

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世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。


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田子の若宮八幡

ヤフーブログがサービス停止ということで、過去の記事を書き直しています。

10年ぐらい前に訪れた田子町の若宮八幡です。

田んぼの中の小さな祠ですが、地元の人が大切に守っています。

九戸政実の子・亀千代が、津軽に逃れる途中で三戸側の刺客に殺された場所と伝わっています。

小さな伝説などを繋ぎ合わせると、九戸一党が津軽に落ち延びた説が信ぴょう性を帯びてきます。

当時の修験道の資料には、天台寺から十和田湖まで一日で着いたともあります。

https://airinjuku.jp/kunohe/kunohe-top.html

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古城分布

高校時代は「人文研究同好会」に所属してました。

その時に教えを請うた方の著作を読み返しています。

添付の資料は、今考えると貴重以外のなにものでもありません。

二戸地域の城は
・九戸城
・浄法寺城
・一戸城
・姉帯城
となっています。

そのほかは「舘」です。

九戸戦では、九戸に味方する者と三戸に味方する者が拮抗していました。

一族で親兄弟でそれぞれに与する者も。

真田一族を彷彿させます。

家を残すための知恵でしょうか。

そんな戦国時代に思いを巡らせています。

https://airinjuku.jp/kunohe/kunohe-top.html

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三戸城

九戸城(岩手県二戸市)から国道4号線を北上すること約15分。

三戸南部氏の居城である三戸城があります。

九戸戦の一方の当事者です。

三戸南部氏は鎌倉期からこの地域に勢力を持ち、数々の困難を乗り越えてその領地を守りきった一族です。

その血脈は現在に伝わります。

鎌鎌倉期からの本領地にそのまま勢力を誇り、明治維新を迎えたのは島津家と南部家ぐらいのもの。

なお、写真を撮影したのは川守田舘付近からです。

南部領内で鉄砲が使われたもっとも古い記録が川守田舘付近だったような記憶が有ります。

https://airinjuku.jp/kunohe/kunohe-top.html

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冬を待つ城(新潮文庫)

九戸神社

秀吉に抵抗した最後の武将・九戸政実。

その九戸氏に縁の九戸神社に行ってきました。

政実も歩いたであろう地域を実際に歩き、中世に想いを馳せています。

その事跡からすると、政実はもっと評価されて良い戦国武将です。

岩手県北部~青森県南部には政実に関する伝説が数多く残っています。

そのうちにまとめてみたいと考えています。

https://airinjuku.jp/kunohe/kunohe-top.html

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冬を待つ城(新潮文庫)

無量の感慨胸を衝く

世間は歴史ブームとかでにぎやかなようです。
一般的ではありませんが、硬派の間で密かに知られているのが九戸政実。
二戸市にある九戸城の城主です。

二戸なのに九戸?。
いつも聞かれます。

本領は九戸村です。勢力拡大に伴って二戸も領有するようになり九戸城を築きます。

この九戸政実は秀吉が全国統一するにあたり最後に抵抗した武将です。
室町幕府の記録にも、「関東衆・九平五郎」として残っています。

高橋克彦さんの「天を衝く」はその九戸政実を主人公とした大作です。
個人的には少し美化しすぎていると思っていますが、豊臣軍5万を相手に5千の兵力で一歩も引かなかった事実は、400年以上経過した今でも色褪せることはありません。

「義憤の大作(下斗米真将のこと)時の傑。九戸古城主、君見ずや。無量の感慨、胸を衝く。いざや稜威を戴きて、天の使命ぞ果たさなん。国士の気魄我が理想」

母校校歌の第三節が大好きでした。この第三節を作ったのが当時の在校生有志で明治44年4月の事です。

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