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応援歌 中堅の歌

  制定時期は不明であるが、大正13年ごろまでには生徒間で歌われていた。旧制中学時代は3年生の歌であった。修業年限が5年であった時代に、3年生の奮起を促す歌である。福中の部分は、現在「福高」に読み替える。


鏘鏘と声起こる
聞けよせまれり
鍛えよ打て打て鋼の精神
福中の輝く時代を鍛えよ
我らは福中の中堅なり
自重せよ 自重せよ
示すは今ぞ今

鏘鏘と声起こる
聞けよせまれり
鍛えよ打て打て鋼の精神
福中の輝く時代を鍛えよ
我らは福中の中堅なり
自重せよ 自重せよ
示すは今ぞ今

https://airinjuku.jp/

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白帯の優勝

 昭和4年10月6日、全国中等学校柔道大会で優勝を成し遂げた。選手は全員白帯であり、北海中学、秋田中学、会津中学や津山中学などをなぎ倒し、参加60校の頂点に立ったのであった。世間では「白帯の優勝」と書き立てた。

 栄えある福中選手は先鋒・乗上喜一郎、次鋒・古舘伝三郎、中堅・横井明、副将・荒谷三吉、主将・觸澤次郎であった。  福中の戦績は、一回戦不戦勝、二回戦2-0横浜一中、三回戦2-0会津中学と退けた。このあたりから、岩手の福岡中学はどこにあるかと騒がれ始めた。どうも九州ではないようだと福中選手の戦いぶりに注目が集まった。

 準々決勝は北海中学との対戦となった。北海中学の主将は三段と言われ、北海道東北随一の選手であったが、福中主将の觸澤選手の払い腰が見事に決まった瞬間は観衆が唖然とした。福中3-0。

 準決勝は新庄中学であったが、準々決勝の北海中学を破って勢いに乗る福中は3-0の危なげない勝利で決勝戦に進出したのであった。  決勝戦は秋田中学との対戦となった。先鋒の乗上選手出場、敵は二段ともいわれている強豪であったが、攻めに攻めて相手を横にし、ぴたりと腕固めを決めた。三十秒経って一本。工藤監督の「最後だ。死んでも勝て!」の名言が飛び出した。

 次鋒の古舘選手、元気百倍で登場し、自分の倍もありそう相手と奮戦したが、惜しくも引き分ける。  中堅の横井選手、逃げ回る相手にてこずり引き分け。  副将の荒谷選手、相手は倍のありそうな選手。ちょっと見れば大仏のような体格であったが、攻めに攻めて引き分け。

 大将の觸澤選手は圧勝であった。開始早々から相手を手玉に取って、三十秒での一本勝ちであった。  大会を振り返ってみると、福中は無敗での優勝であった。中でも大将の觸澤選手は五試合すべて一本勝ちであった。  この大会に補欠として出場し、個人戦だけに出場した横浜三太郎選手が寝技だけで準優勝を果たした。この選手は風変わりな選手で、立ち技の感覚がほかの選手と違っていたので、徹底的に寝技だけを鍛えたというものであった。  

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母校の応援歌 「福高生の歌」

来年は母校の開校20周年です。
だからというわけではないと思いますが、在校生から応援歌について問い合わせがありました。
このブログで公開することを伝え、わからないことがあれば問い合わせてもらうようにしました。

何かに役立ってくれれば良いのですが!

・・・・・・・・・・・・・・・

福高生の歌 (中学時代は「福中生の歌」)

制定時期不明であるが、大正13年春までには歌い始めたらしい。昭和55年の聞き取り調査では、元になった歌があって、一部の生徒に歌われていたが、応援団の正式発足に合わせて新しく歌詞が作られたということであった。


三葉の松の繁る福陵に
学びて我ら、ここに深星霜
母校の務めを負いて立つ時は今
聞けよや意気満つ
我らが雄叫びを

三葉の松の繁る福陵に
学びて我ら、ここに深星霜
母校の務めを負いて立つ時は今
聞けよや意気満つ
我らが雄叫びを

https://airinjuku.jp/nekkyo/nekkyo013.html

昭和54年夏の住田高校戦

某団体から「一番思い出に残っている試合」というテーマで原稿を依頼されました。悩んだのですが、昭和54年夏の三回戦ぼ住田高校を選びました。雨天の中での対戦で、両軍ベンチに川のように水が流れ込みました。一球ごとにボールが好感され、ボールを拭くタオルが無くなり、腰に下げていた手拭を審判団に渡したものです。

試合は5点を先行したのですが、徐々に追い上げられ1点差。無死満塁のピンチでした。内野にゴロが飛べば球足が止まり、外野に飛べばフライ以外は球足が速くなったのを覚えています。

そこから奇跡的な守備で無得点に抑えての勝利でした。学生服はびしょ濡れでしたが、誰も傘を差さずに応援をしていた記憶があります。

自費で電車での市営球場入りでしたが、帰りの電車もびしょ濡れで乗り込んだものでした。帰りの電車では、誰からともなく温かい飲み物が差し入れられました。

今だったら、絶対無理だと思う。

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住田高校戦

会輔社の伝統を受け継ぐ

母校の80周年を伝える記事が出てきました。

卒業した年で、卒業生として招待状が届きました。

しかし、この式典に欠席です。

あとでストームを組んだと聞き、後悔した物でした。

いつのころからか、会輔社の流れという文言が紹介されなくなっています。

会輔社が無ければ、果たして岩手県内三番目の中学校は福岡に創られたでしょうか。

間違いなく会輔社の流れで中学校が創られたのです。

きちんと後世に伝えて欲しい物です。

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kaihosyanodenntou_20200804190711522.jpg
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カシオペア歴史研究所

Author:カシオペア歴史研究所
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

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