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畠山重忠伝説を巡りたい

陸奥浄法寺の名族浄法寺氏を調べています。

畠山重忠の伝説と重なりますが、今回の見つけた資料に、興味深いことが書いてありましたので紹介します。

各地に伝説が残りますが、全国の伝説を集めて一つにまとめたら面白そうです。

間違いなく、商業ベースには乗りません。



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任那の返還?

韓国による竹島の不法占領はよく知られています。保守陣営ばかりでなく共産党までもが韓国の不法占拠を主張し、日本領土への返還を求めています。平和的にこれを実現するには、極めて厳しい状況です。

しかし、この際「竹島」などと、せこいことを言わずに、済州島、韓半島の南部「任那」の地域の返還を求めてはいかがでしょうか。歴史的に荒唐無稽な話ではありません。現在の韓国では否定されていますが、出土する遺跡やチャイナの文献から、任那は日本の勢力範囲にあったことは間違いないと思います。

任那は、韓国の前身である新羅に、西暦568年に滅ぼされ占領されました。韓国政府は、この地域が日本と共通の文化圏にあった事を、極力抹殺したがっています。前方後円墳の存在ばかりではなく、「新羅(しらぎ)・百済(くだら)・任那(みまな)の勢力圏内で大量に出土するヒスイは、朝鮮半島で産出されないことから、日本から渡った物だということが、確実視されています。

高句麗の旧領では、ヒスイや勾玉はほとんど出土していないようです。ちょっと飛躍しすぎているかもしれませんが、任那の日本返還を主張してみてはいかがでしょうか。意外に韓国南部の人は、そのことを望んでいたりして。



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いつのまにか論点がすり替わっている

フジ報道に差別と批判の声 専務「誤解招きやすい表現」
11月25日 金曜日  23時23分配信  朝日新聞デジタル

 24日夕方に放送されたフジテレビ系の報道番組「プライムニュース イブニング」で、海上自衛隊の哨戒機に韓国海軍の駆逐艦が火器管制レーダーを照射したとされる一連の問題について伝えた際の解説が「レイシズム(人種差別)だ」と批判する声がネット上などで上がっている。フジの岸本一朗専務は25日、定例会見で「日韓関係の改善策を探る報道ニュース内容。差別する意図はまったくございません」などと述べた。

 番組は、海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍の駆逐艦に対して低空で「威嚇飛行」をしたとする写真を、韓国が公開したことをVTRで紹介。続いてスタジオで、メインキャスターの反町理(おさむ)氏が「日韓関係について渉術」というパネルを示して解説を始めた。

 韓国文化をよく知る産経新聞記者から聞いた内容だと前置きし、「韓国人の交渉術」は「一つ、強い言葉で相手を威圧する。二つ、周囲にアはちょっとうんざりしている人もいるかと思うんですけれども」と切り出し、「韓国人の交ピールして理解者を増やす。三つ、論点をずらして優位に立つ」と説明。反町氏は「韓国人の行動パターンが国にも当てはまるとは限りませんが」とことわった上で、「レーダー照射」問題が起きている中で韓国が「威嚇飛行」を新たに主張したことは「論点ずらし」に当たる、と産経新聞記者が指摘していると伝えた。

 これに対し、「完全に人種差別」「政府や軍部を批判するのは構わないが民族全体に落とし込むのは差別だとしか言いようがない」などと疑問視する声が上がっている。

 フジの岸本専務は会見で見解を問われ「韓国と日本の今のぎすぎすした関係について改善策を探っていく判断材料を提供するという意味では間違っていないと思っています」、と答えた。一方で、「『韓国人』という形でプレゼンテーションしたことについては誤解を招きやすい表現になっている」とも述べた。

 批判的な意見が出ていることについては制作現場と情報共有したといい、「今後の放送に生かして欲しいと指示している」と述べた。反町氏は政治部出身の解説委員長として、政治家への取材手法などについての著書も出している。(湊彬子)



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一力食堂

浄法寺の一力食堂。

ワンタン麺は、仙台方面からわざわざ食べにくるファンもいます。

びん牛乳も懐かしい60年以上続く老舗食堂です。

初代のおばあちゃんが中華そばから始めた食堂です。

毎日でも食べたい味です。









陸奥姉帯城(穴田井城)

姉帯城は中世南部氏の一族である姉帯氏の居城です。姉帯氏は姉帯に五百石の他に、盛岡の飯岡に千石の領地がありました。九戸南部氏とのつながりが深かったため、戦国時代末期の南部家領主をめぐる争いでは、九戸方の有力豪族として戦っています。

天正19年(1591)、豊臣軍は九戸城攻略の前哨戦として姉帯城を攻撃しました。これに対して領主姉帯兼興・五郎兼信兄弟を中心とする姉帯勢が激突します。500人の兵力で、蒲生氏郷軍に一泡吹かせたと伝わります。

姉帯城での攻防では、兼興の妻で長刀の名手・小滝の前、棒術の名手である小屋野などの奮闘も残っています。一族郎党が近隣の諸豪族ととに城にたてこもり応戦したものの、大半が討ち死にし落城してしまいました。

江戸時代に書かれた『九戸軍談記』という書物で、九戸氏の先祖に関して、興味深い記述があります。九戸城の戦いの前哨戦である姉帯城の戦いの際に、政実同族の姉帯兼信が戦場で名乗りをあげたときの台詞がつたわります。。

「ゆふき惣大将小笠原美濃守正安が子孫左近将監正実が一類姉帯大学兼興が舎弟五郎兼信と申す者なり!」というものです。「ゆふき」というのは結城のことで、小笠原美濃守正安とは、小笠原政康のことです。この口上を信じれば、九戸氏の先祖は小笠原氏ということになります。

姉帯城は、馬渕川北側の50m以上もの断崖の上に築られた典型的な山城で東西2つの郭(くるわ)から構成されています。西の郭は東西130m、南北60m、東端には幅10mを越す堀が二重にめぐり、東の郭と西の郭の間にも幅20m以上の大きな堀があり、この堀にそって西の郭に高さ2.7mの土塁が残っています。

墓からは人骨や副葬された銅鏡・古銭、周辺からは鎧・槍先・刀・矢じりなどの武具が大量に出土しており、合戦の生々しさを伝えています。明国や国産の陶磁器、当時流行した茶の道具なども出土しており、戦国武将姉帯氏の勢力がわかります。





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カシオペア歴史研究所

Author:カシオペア歴史研究所
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

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