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Airinjuku

Author:Airinjuku
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。


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11月30日の戦利品

本日の戦利品です。

ラジカセの部品取り数台、なぜか臼、柱時計、コカ・コーラ看板他です。

人が見ればゴミですが、必要な人にはお宝です。

さっそく、近所の爺ちゃんがラジオが欲しいとのことで、一機回収し、缶コーヒー5本置いていきました。

不動でも、部品取りに役立てたいと思っています。

カシオペア歴史研究所

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明治42年12月9日

明治42年12月9日、我が国発の滑空飛行に挑んだ日仏3人のサムライがいた。
日本に飛行機という概念の無かった時代である。
上野の不忍池上空を飛んだ滑空機は一般庶民の度肝を抜いた。

軍人の相原四郎中尉、フランス海軍中尉のル・プリウール、そしてもう一人が我らがヒーローの田中舘愛橘である。

田中舘愛橘博士は、岩手県二戸郡福岡(現二戸市)出身の物理学者で、当時我が国の航空界の権威者である。
博士の先祖は浄法寺畠山氏の家臣であり、陸奥国浄法寺で50石を領していた。
本姓は小笠原と伝えられている。実は、

田中舘博士の業績は数々あり、あまりにも多岐にわたっている。
その教え子も日本の物理学を語る上で欠かすことのできない人物ばかりである。

この時の滑空実験は数回実施されたらしい。
多くの新聞社も取材し報道したようだが、どうしたわけかこの時の実験は日本人のほとんどが知らない事実である。
フランスでは、「日本の最初の滑空飛行」といえば多くの人が明治42年に行われた実験を指しているらしい。
最初に成功したのがフランス人のル・プリウールだったのが理由かもしれない。

ル・プリウールという日本贔屓の青年と、相原四郎という実行型の軍人、何よりも田中舘愛橘という純真で真摯な学者がいなければ、日本の航空学は基礎を築かないままに輸入機による飛行時代に突入したのかもしれない。

「何が無くて困る。これが無くて困る。あるだけの材料でできるだけの結果を出せ」が、博士のモットーであった。

「手に入る材料だけで何とかやりくりして創り出すこと」が、ル・プリウールのモットーであった。

「自分で体験してこそ本物」が、相原四郎のモットーであった。

彼らから、我々が学ぶべき事は創造(想像)の精神なのかもしれない。

カシオペア歴史研究所

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「北方の人間」守る拠点?

山に囲まれた浄法寺町は今でも外部との交流はほとんど旧鹿角街道に頼っている。

冬は1メートル近くの雪に閉ざされ、農家の働き手の多くは葉タバコの収穫が終わると出稼ぎに行く土地柄だ。

天台寺はこの土地の小高い丘(標高320メートル)を拠点に早くから青森、秋田方面へと仏教の影響力を伸森嘉兵衛岩手大学名誉教授は「生きた人間にとって平地の方が食料を確保する点でも環境は良好なはずなのに“ばし、北東北の布教活動の中心になっていた。

山岳寺院”を築く必要はどこにあったのだろう」と疑問を投げかける。

天台寺の古い歴史を知る手がかりがない現在、研究者の考え方もまちまちだ。

高橋富雄東北大教授は「古代東北の地に、北に向かって伝播していった中央文化が、しっかりと根をおろしたことを物語る遺跡だ」と“歴史のシンボル論”主張する。

それによると「鎮護国家を旗印にした我が国の天台宗は9世紀半ば、その理想を実現しようと、六か国に法華経を置く塔(六所宝塔)を建てた。

関東以北では栃木と群馬がその地だ。天台寺はこの理想を北東北にも実現させようとしたものだ。

古代中央の軍事的北限は志波城が築かれた今の紫波郡あたりまでで、それ以北は蝦夷の住む‘異邦の地’であった。

青森、岩手、秋田の国境である地に建てられた天台寺は、北方の政治も文化も人間の生活も守るという大変な使命を負ったものだ」と主張。

“山岳寺院”の形にも「平地に寺院を建て学問所とした奈良仏教(南都六宗)に対して新興の天台宗は比叡山を厳しい修行の場としていた。

それは“守られたもの”ではなく、自らが“守る”ものとの気概だった。

天台寺も当然同じはずだ」という。

カシオペア歴史研究所

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質実剛健

木の材質が不明な捏ね鉢をいただきました。

ずっしりと重く、捏ねる際には重宝です。

漆も塗られたこともないようで、今回はどのように修理するか迷います。

やはり、漆は塗りたいものです。

黒内朱で仕上げるのが無難と思っています。

カシオペア歴史研究所

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骨董的珈琲豆挽機

ヤフオクで雰囲気の良いコーヒーミルを見つけました。

将来にカフェに飾りたいです。

仲間がやってきて、さりげなく500円ぐらいで寛げる場所を作りたいです。

でも、浄法寺では難しいかな。

でも、半分あそびでやる分には気楽にできるかも。

完成したら遊びに来てください。

カシオペア歴史研究所

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【パブフル】

古漆器 捏ね鉢

古漆器の小さな展示館を計画しています。

そのために収集している古漆器。

ある程度集まってきました。

そろそろ計画を実行に移そうかと思います。

先日も捏ね鉢を入手しました。

水洗いをしたら、修理心をくすぐります。

カシオペア歴史研究所

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アイヌ壇の史跡

古代爾薩体の英雄イカコが文士劇になったようです。

40年前にイカコの事を地域おこしに登場させようと思ったら、「蝦夷の族長は恥ずかしいから止めてくれ。」と言われたものです。

その時代とは隔世の感があります。

阿弖流為は有名ですが、イカコはすこし知名度がありません。

しかし、東北の三大族長と言っていい人物です。

縄文文化も新しい視点から語られるようになりました。

イカコの再評価が必要ですね。

https://airinjuku.jp/

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最強の縄文型ビジネス イノベーションを生み出す4つの原則

ミルク缶

二戸地域の酪農家から譲られたミルク缶です。

捨てられる前に救い出しました。

子供のころは、これに牛乳を入れてリヤカーで売りに来る人がいました。

それで生きていけた時代、今よりも幸福係数は高かったように思います。

今では保健行政の横やりが入って、行商は無理そうですね。

https://airinjuku.jp/

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岩手 カマンベールチーズタルト&焼ティラミスタルト セット 岩手県:パリー洋菓子

格安展示見本 古式浄法寺椀

古式浄法寺椀を格安でヤフオクに出品しました。

展示見本品で、わずかにうっすらと傷があります。

参考価格は2万円ですが、1個だけ格安で出品します。

浄法寺地方では伝統的な形で、古式秀衡椀に通じるものがあります。

古式椀の謎を解く手掛かりにもなるかもしれません。

何よりも、これで蕎麦やひっつみを食べてほしいものです。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f386341436

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