FC2ブログ

弓 千晶

 前野曜子に特化したサイトを立ち上げて、いろいろな情報が集まりだしました。特に宝塚時代の話題が語られます。そうしているうちに一つの疑問が湧いてきました。

 宝塚時代の芸名は何であったのだろう。

 インターネットで必死に調べましたが、全くヒットしません。それでも何とか、宝塚の資料を持っている人に辿り着き、膨大な資料を見せていただきました。

 そして、遂に昭和42年の資料に彼女をみつけました。川村学園出身、誕生日、そして愛称が「ヨーチン」まで一致したのです。

 前野曜子の宝塚時代の芸名は「弓千晶」でした。

 このことをホームページで公開したところ、アクセスが一気に20万ぐらいになったのです。そして彼女と関わった多くの人から、彼女の実情が伝えられました。
 
 酒があまり飲めなかったという情報が、可笑しくもあり、やはりという感想でした。他のアーティストの取材をして分かることは、昭和の時代の週刊誌の記事は、80%が、事実に基づかない想像が多いということでした。

https://airinjuku.jp/

004_20200103195721429.jpg

スポンサーサイト



土人形

土人形を何個か収集しています。

花巻人形も何個かありますが、段ボールに入れっぱなしです。

明日は箱から取り出して、整理しようかと考えています。

人に言わせれば、それだけで人を呼べるとのことですが、果たしてどうなんでしょうか。

本当に人が来てくれればうれしいです。

https://airinjuku.jp/

DSC_0027[1]

日本酒 悦 凱陣 山廃純米無ろ過生 亀の尾(花巻)カートン箱入り【丸尾酒造】

軽米蓮台野遊郭

1929年に発行された「日本遊廓一覧」(上村行彰著『日本遊里史』春陽堂)によれば、岩手県所在の遊廓が18ヶ所記載されている。この本は1982年に藤森書店から復刻され根強い人気があるようだ。

このうち岩手県分に関しては18ヶ所が記録されている。二戸地域は3ヶ所で、長嶺(二戸市)・北館(一戸町)・蓮台野(軽米町)にあった。

軽米の遊郭は、初めて見たとき寺社仏閣かと思った。天に聳える巨大さで、圧倒されたのを覚えている。最初は何の建物であるか判らず、その存在感に圧倒されてしまった。

近所の人から「何の建物」かと聞いても、歯切れの悪い答えしか返ってこなかった。

建物の用途が判明して妙に納得したものだった。

軽米は、九戸街道(岩手県北部の二戸市と太平洋岸の久慈市を結ぶ街道)に発達した宿場町で、八戸藩の重要な土地だった。鉱山や林業などで賑い、往時は造り酒屋も数軒あったらしい。

20年以上前は、遊郭だった雰囲気を残す遺産として知られていたようだが、平成10年の大水害で、建物前面にあった庭園が大水害で破壊され、数年前にはこの建物自体が取り壊されたようだ。

歴史的建造物大好き人間としては、取り壊される前に保存を提言しなかったことが悔やまれてならない。

https://airinjuku.jp/kikou/kikou.html

kikou81.jpg

遊廓に泊まる (とんぼの本)
訪問者の足跡
プロフィール

カシオペア歴史研究所

Author:カシオペア歴史研究所
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

カレンダー
12 | 2020/01 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR