FC2ブログ

キリル文字

中学生のころ、切手収集に情熱を傾けました。

それほど熱中したわけではありませんが、切手から得た情報で勉強しました。

そのころに覚えた言葉にキリル文字があります。

一般に欧米が使うアルファベットとも違います。

歴史的にみると、モンゴル文字などとも密接な関係があるようです。

この切手も、ロシア風でありながら、初めて見たときは中東の雰囲気も感じたものです。

詳細をわかる方は教えてください。

カシオペア歴史研究所

IMGP4668.jpg

昭和切手専門カタログ
スポンサーサイト



島津楢蔵物語 4

 「乗って見ますか?」 鎌太郎が額に汗を浮かべながらそう言った。突然のことに楢蔵は驚いたが反射的に彼は大きくうなずいていた。「これで混合気の量を加減し、こっちで着火時期を調整するのです」 そう言って鎌太郎はタンクの脇に2本レバーを動かして見せた。エンジンは彼の操作によって回転をかえた。「エンジンを止めるときはハンドルの右側のこの電気回路のスイッチを切ります」。スイッチを押すとエールのエンジンはプツンと止まった。「左のレバーはリフターですからスタートの時はこれを使ってください」。説明が終わると、鎌太郎は助手達にエールを表通りに出すように言った。

 楢蔵にとって生まれて初めてのオートバイ走行だった。彼は少し緊張し、恐怖さえ感じた。果たしてうまく乗れるかどうか心配だった。「なあに自転車競争に出たことがあるなら楽なものですよ。それに君はエンジンについても詳しいから」。 鎌太郎は彼を元気づけるように言った。スタートの用意はできた。楢蔵はサドルにまたがり、リフターを握って表通りをこぎ出した。書生の一人が後を押してくれる。スピードがついたところで、言われたとおりペダルをこいだままリフターをそっと離す。よく暖まっていたエンジンはパンパンパンと気持ちよく回り始めた。28インチの車輪のせいで車高はおそろしく高かった。だが、エールは思ったよりうまく走った。徐々にスピードを上げながら楢蔵は快適に夕闇せまる表通りを飛ばした。両側に並んだ家から、一斉に顔がのぞく。道行く人たちも聞き慣れない音を立てて走って行くおかしな乗物を見て、立ち止まり通りすぎて行くのを待った。道はあまりよいとは言えなかったが、エールのフロントフォークには、簡単なスプリングが装備されていたので、その乗り心地は楢蔵がこれまで乗ったどの自転車よりも素晴らしかった。乗る前に恐怖を感じたことなどウソのように思えた。走りながら、彼は今まで長い間自分が捜し求めていたものにようやくめぐり合ったような気がした。楢蔵はこみ上げてくる不思議な感動について考えてみた。これは今まで彼が体験したことのない種類のものだった。15歳の時、不忍池に出かけて、オートバイを初めて見たときの感動とも少し違っていた。何かしら、今まで夢でしかなかったものが、急に手に届くところにやってきたような気持ちだった。この時、20歳の青年・島津楢蔵は、宿命的な何かを感じ、はっきりと自分の将来がオートバイの中にあることを悟っていた。

 この日を境に、楢蔵の病院がよいは続いた。出かけるたびに山のような質問が用意され、帰りには彼の頭の中にその答えが詰まっていた。診察室、ガレージの中、庭、先生の部屋、そして路上でと時間と場所を選ばずすべてが彼の勉強の場になった。鎌太郎も彼の熱心さに強く心を動かされ、自分の知識のすべてをこの青年に与えようとした。この2人にとってオートバイはだだの乗り物ではなかった。それは男が、「一生の大事」とするにふさわしい機会であり彼らの「無限探究精神」を満たしてくれる乗り物だったのだ。こういった考え方をしていた者は当時彼らの他はほとんどなかったろう。そのことからも楢蔵と鎌太郎の親交はますます強いものになっていった。楢蔵は一人になったとき、なぜ自分がオートバイに魅力を感じるのかを考えてみた。単に珍しい機会というのなら、他にも新しい機械がたくさんある。自分がオートバイを好きになった原因はもっと他のところにあるような気がした。オートバイが好きだと言うことは、オートバイの中に自分の心を動かす何かがあるということに他ならない。それならば、オートバイについて深く考え、追求してゆくことは結局自分自身を知ることに繋がるはずだ。オートバイを愛し、それに向かって進むことは自分を認識するための行為に他ならないのだ。楢蔵はこのことに気づいたとき、自分の目の前がはっきりと明るく開けるのを感じた。

 8月に入ったある日、楢蔵は重大な決意を胸に通い慣れた門をくぐった。名古屋に来てようやく4ヶ月になろうとしていた。診察室は相変わらず混んでいた。いつものイスに座って挨拶を済ませと、楢蔵は話し始めた。「先生、僕は大阪に帰ろうと思います」 鎌太郎は突然の言葉に驚いて振り返った。「どうしたのですか、急に」 「こちらに就職してまだ4ヶ月しかなりませんが、今の仕事を辞めてやはり自分の好きな仕事をしたいのです」 「オートバイを作るのですか」 「そうです」 「お父さんはご存知なのですか、このこ事を」 「ええ、どうしてもというなら仕方がない。ある程度の援助はしてやろうといっています」 「それなら問題はないではないですか。あなたなら必ず成功します。ぜひやりなさい」 「まずは最初に2ストロークエンジンを作ってみるつもりです」 「工作の簡単な点で初めはそれがいいでしょう。材質に注意して理論通りにすればきっとうまく行きます」 「これまで先生に教えていただいたことを参考にして、必ず完成させて見せます」 「期待していますよ。君が大阪に帰ってしまうのは淋しいですが、第1号車が完成したら、私の方から大阪に見に行きます」 帰り際に鎌太郎は彼に1冊のノートをプレゼントした。そこには鎌太郎がこれまで手がけてきた自動車やオートバイの修理記録が細かくメモされていた。楢蔵にとって、それは何よりの贈り物だった。彼はそのノートを受け取ると胸が熱くなり、もう何も言葉にはならなかった。もう一度鎌太郎に頭を下げると楢蔵は足早に表に飛び出した。門を出たところで病院の方から彼を呼ぶ声がした。振り返ると病室の窓から親しくなったオトキチ患者や書生達が手を振る姿が見えた。

https://airinjuku.jp/

ASUS 薄型軽量モバイルノートパソコン E203MA スターグレー E203MA-4000G ds-2187984

ぬれせんべい

三時のおやつは「ぬれせんべい」をいただきました。

初めて食べたときは、なんだこれは!と思ったものでした。

今では、年に数回は食べます。

どちらかと言えば好きな味です。

価格も手後です。

本当は現地で、出来立てをいただきたいです。

カシオペア歴史研究所

DSC_0003[1]

岩塚製菓 新潟ぬれせんべい 10枚×10袋
訪問者の足跡
プロフィール

カシオペア歴史研究所

Author:カシオペア歴史研究所
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR