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台北高等学校

 台北高等学校(旧制)の同窓会は、東京と台北にあり、間もなく創立100周年になると記憶しています。卒業生は当然のことですが年々減少しています。90周年には「みんなで一緒に校歌や寮歌を歌い、大いに盛り上がった」といいます。

 台湾の元総統、李登輝も台北高等学校の卒業生です。90周年の式典でスピーチに立った李登輝は、20年前の70周年のときと同じように、高等科設置時の校長・三沢糾(ただす)が作詞した第一校歌『獅子山頭に雲みだれ』の4番の歌詞を引用したそうです。

 台湾に、近代教育制度を根付かせたのは、間違いなく日本です。公学校(小学校)、中学校、実業学校。そして、台北高党学校、台北帝国大学をつくり、台湾人にも高等教育を受ける機会が開かれます。それは極めつきの「狭き門」でもありました。

 台北高等学校の定員(高等科)は文科、理科2クラスずつ(1クラスの定員は40人)の計160人だったそうです。李登輝の記憶によれば、このうち台湾人は、文科のクラスでは4、5人。最も多い理科乙類(医師を目指すコース)でも十数人しかいなかったそうです。入学試験には台湾中の秀才が集まります。

 李登輝にとって、台北高校での学生生活は「厳しくとも愛情に満ちた時間」であったそうです。多くの旧制高校の生徒がそうであったように、猛烈な勢いで古今東西の古典を読破し、先人との対話によって思索にふけり、自分の内面と向き合いました。

 李登輝によれば、人生において大きな影響を受けた本が3つあるといいます。トマス・カーライルの『衣裳(いしょう)哲学』、ゲーテの『ファウスト』、倉田百三の『出家とその弟子』。だそうです。そしてその先には、新渡戸稲造の『武士道-日本の魂』との出合いがあったのです。新渡戸に強く惹(ひ)かれた李登輝は、やがて、彼と同じく農業経済学を志すことになりました。

 「高等学校では他ではできない勉強ができたように思う。自分の内面と向き合い、自分の心を客観的に取り出す。それは、その後のボクの人生の糧になるような『人間を作り上げる』最初の時間だったんだ。先生方も一流ぞろいだったね」と回想しています。

 旧制高校のように人間形成を重視した教育や武士道精神に基づく道徳心…。李登輝は、かつて身をもって体験した「日本の教育」や「日本の精神」を高く評価しています。 李登輝は、国のリーダーは2つのことだけを考えていればいい、と思う。『国家』と『国民』のために奮闘することだ。「個」の利益ではなく「公」の利益のために行動し、高い精神性と大局観を持った人物だともいいます。

 大東亜戦争が終わって、アメリカは日本の軍閥を潰し、財閥を潰し、そして学閥を潰した。つまり、旧制高校-帝国大学というリーダーを養成する制度を悪と決めつけ、教師人も含めて日本の教育現場から追放します。リーダーを養成する教育システムは、アメリカにもイギリスにも存在します。戦後のドイツでもリーダー教育の学校はそのまま残されたはずです。

 今の日本の教育は、自虐的で日本の良さを教えていません。歴史は歴史であり、ありのまま教えればいいと思います。いい悪いではなく、何年にこういう事情でこういうことがあったと教えればいいのです。そしてその事を自分で考えればいいのです。

大正十四年台北高等学校第一校歌

 1、獅子頭山に雲みだれ   七星が嶺に霧まよふ
   朝な夕なに天かける   理想を胸に秘めつゝも
   駒の足掻のたゆみなく  業にいそしむ學びの舎

 2、限りも知らに奥ふかき  文の林に分け入りて
   花つむ袂薫ずれば    若き學徒の誇らひに
   碧空遠く嘯きて     わがペガサスに鞭あてむ

 3、錬武の場に下り立ちて  たぎる熱汗しぼるとき
   鐵の腕に骨鳴りて    男の子の心昂るなり
   つるぎ収めてかへるとき 北斗の星のかげ清し

 4、あゝ純眞の意氣を負ふ  靑春の日はくれやすく
   一たび去ってかへらぬを など君起ちて舞はざるや
   いざ手をとりて歌はなむ 生の歡喜を高らかに
        
カシオペア歴史研究所

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台北高等学校―1922年-1946年 (1970年)


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75年前の浄法寺

75年前の浄法寺農場です。

満洲引揚者が、食糧増産の志を持って開拓したと聞きました。

その後「伝習農場」として、全寮制の学校として地域に貢献しましたが、昭和の終わりとともに閉校です。

いまでも、写真の付近では乳牛を飼育し、美味しい牛乳を生産しています。

岩手は、地味ですが牛乳生産件です。

若者の後継者も育っているようです。

ぜひ、岩手の乳製品を応援してください。

奥中山高原のチーズも、絶対にお勧めですよ。

カシオペア歴史研究所

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1963年 ポーランド切手

中学から高校にかけて、社会科はテストで常に85点以上でした。

特に地理は大好きで、芋づる式にその国や地域の歴史を覚えたものです。

海外のペンパルと、拙い英語で文通していました。

そのころに、古切手の交換をして、海外切手を集めたものでした。

そのころに入手した1枚です。

ポーランドの有名な画家の作品を採用しています。

そのことは、入手してから40年ぐらいあってからインターネットで知ることができました。

日々勉強です。

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Author:カシオペア歴史研究所
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

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