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軽邑耕作鈔

日本の農村風景が残る軽米に、弘化年間に書かれた「軽邑耕作鈔」という農業書があります。一世紀サイクルの農業を考える書物で、現在に必要な書物でもあります。

弘化四年(1847)から嘉永五年(1853)年かけて書かれたもので、二十年間にわたる自らの実験を付近の経営の見聞と、その他の農業書の記述と合わせて、自家経営を中心に記述しており、山村の畑作経営を主眼に置いています。

穀物の経営、圃作経営、その他の部分に分かれ、当時の主力であった稲作経営の比重が低くなっています。粟、稗、大豆、大根などの穀物経営の比重が高いのが特徴です。

著者は軽米の豪農・淵沢定長で、軽米村最大の地主でした。質屋、酒屋も経営し、稲作についても、ヤマセの克服を目指したものと考えられます。

米余りの現在、地域の風土を生かした農業はもっと注目されてよいと思います。雑穀の里軽米、そして雑穀を岩手県北部~青森県南部の特産品で売り出してもよいと思っています。

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通信大隊の海兵隊員が老人ホームでボランティア

沖縄県金武町 --- 今週の土曜日、7月4日はアメリカ合衆国の244回目の独立記念日です。

在日米海兵隊の隊員は今日から4連休の祝日ですが、米海兵隊基地キャンプ・ハンセンに展開する第7通信大隊の10人の隊員が休日を返上し、金武町にある特別養護老人ホーム光が丘で3か月半ぶりのボランティア活動に精を出しました。

隊員たちはコロナ渦により3月中旬に行った作業を最後に、今日まで老人ホームとの接触を避けるため、ボランティア作業を一時中断していましたが、今日からまた新しいページが始まります。

通信大隊と光が丘の関係は25年以上続いていて、隊員らは光が丘で月2回の美化活動に協力したり、季節のお祝いを一緒に楽しむ間柄でもあります。

隊員たちは雨が降ったり止んだりの不安定な天候の中、老人ホームに面する国道329号線沿いの美化活動に取り組み、斜面の草を刈り、伸びた雑木林の手入れを行いました。

3週間前に沖縄に到着したばかりの若い海兵隊員は、2週間の隔離生活を終え、今日初めて基地の外へ出て、ボランティア活動に参加したと笑顔で話していました。

賀陽基地渉外官は「コロナ渦の中、いろいろな渉外活動を休んでいましたが、今月から保育園の訪問や英会話クラスの再開など、コロナ感染拡大防止の衛生管理に気を付けながら、気持ちを新たに、頑張っていこうと思います」と話していました。

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Author:カシオペア歴史研究所
世捨て人です。人生も半分以上が経過しました。これまでの書き留めたこと、地域のこと、日本のことなどを、勝手に思いつくまま書いています。コメント歓迎。批判も大歓迎です。

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