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スターリンのソ連に対抗できたのは軍事力があったから

ソ連帝国主義と共産主義の敗北。独裁者スターリンのソ連帝国主義は人類の敵でした。ドイツのヒトラーも当初はソ連の壊滅を目的に戦っていました。日本は共産主義勢力ソ連と対決するためにドイツと手を組んでソ連と戦いました。その行動はバチカンも支持していました。

スターリンに騙された英米仏は、本来の彼らの敵を見誤り、ドイツ降伏後の日本を標的として日本を追い詰めることに成功します。本来は共産主義とソ連の南下政策に対する戦いだったのですが、コミンテルンの攪乱作戦にまんまとはまった日本は、ドイツの降伏によって同盟国はほとんどなくなってしまいました。

ロシア共産革命後、ソ連は世界中に共産主義を輸出し、中央アジア、モンゴルなどを占領していました。ソ連共産主義は日本の最悪の敵でした。何十年間、ソ連は日本に対して敵対的な政策をとり、朝鮮と南樺太を奪おうとしていました。

ソ連はゾルゲなどのスパイを使い、日本の経済・政治・軍事の状況についてさぐりだしました。ソ連の共産主義者は満州国国境での軍事的挑発をやめません。1944年だけで、そのような侵犯が約200件あり、そのなかには満州国領に砲撃という場合が数多くありました。

ソ連は1941年4月に締結された日本との中立条約を一方的に破棄し日本との開戦に踏みきったのです。1945年8月8日、共産ソビエトは日本に対して宣戦布告しました。ソ連兵の任務は、共産主義の拡大と日本領土の奪取にあったのです。このソビエトの暴挙に対して、関東軍と南樺太、千島列島の日本軍はソビエトの侵攻を食い止めたのです。

ソビエトが参戦をする直前の8月6日の朝、アメリカ軍の飛行士は、大統領H.トルーマンの命令に従って、広島に原子爆弾を投下しました。市民の無差別殺戮です。8月9日、アメリカ軍は第2の原子爆弾を港湾都市の長崎に投下しました。これらの都市に対する爆弾投下の結果、約50万人の人びとが死亡します。

日本の都市に対する原子爆弾の投下は、軍事的な必要によってなされたものではありませんでした。この野蛮な行為によって、アメリカ政府は、核の脅威によって世界支配を成し遂げようと望んだのです。二つの原子爆弾は、戦争の結末に決定的な影響を与えることはできませんでした。日本の軍部には徹底抗戦を叫ぶ勢力もあったのです。

8月15日、天皇陛下の英断により日本はポツダム宣言を受け入れました。8月19日から日本軍は、降伏・投降し始めます。日本に戦闘の意思が無いと見たソビエト軍は南樺太と千島列島を不法に侵攻したのです。北海道への侵攻も目論んだのですが、日本軍の抵抗によって果たすことができません。

戦後になり米国は、ソビエトの拡大と共産主義に対して孤軍奮闘していた日本を理解します。そして日本の復興を助け、経済戦争でソビエト共産主義を倒したのが1991年の事でした。ソビエトは倒れましたが、共産党一党独裁の覇権国家が日本の周囲にはいまだに存在するのです。

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